☆「知らない」ということ、「知ろう」とすること


◆最近の日本は何かと遅れをとることも多いようです。とうとう「国民総生産」では中国に追い越されて、世界第二位のポジションを明け渡しました。そもそもIT革命といわれる新世代技術や金融工学という新たな経済システムは日本から発信されたものではありませんので、イニシアチブを握れないのも当然かもしれません。今、中東、アラブ諸国の大きな変化にも深く関連する、世界を革命的に牽引している通信技術においてもその中心は日本ではありません。医療もいつのまにか後進国となりつつあり、世界に誇っていた保険システムさえも崩壊の危機に瀕しています。

◆何が日本をこんなに遅らせてしまったのかといえば、それはやはり「日本人の好奇心の欠如」というポイントが挙げられます。ここまで物質的に豊かになり、ほとんどの場合、食べるものに困らない状況になってくると、人間は精彩を欠いてくるものです。半面、国民が「食うに困らぬ」状況にあるということは大変幸福なことであり、国家としては理想的な状態なのですが、物事は努力なしに永遠に同じ状況が続くわけはありませんからやっかいです。特に最近気になる事は、好奇心を失くした人間の「人間力」の低下です。人間は好奇心が薄らいでゆくと成長が止まってしまいます。これは人間にとって何よりも問題なのです。

◆何か、今の人類は、自分の命を削って生きているような、消耗戦に入ってしまった感がします。効率を優先し、自らの人生の時間を消耗し、そもそも人間はゆるい部分が多い存在なのに、規則正しく、隙間無くきちっと規制される方向に向かい、時間的にも社会的にも余裕の無い、息苦しい世界になってしまっていると感じるのは私だけではないでしょう。人生を楽しみ難い社会です。目先の利益にとらわれ、人材を育成することや、好奇心を持つなどという余裕すらなくなっているようです。

◆先日ある会合で、飲み放題、料理付きで格安!というお店に行きました。ホームページを見ると六本木の夜景を楽しみながら、個室でゆったりと楽しめるお店というコンセプトで素敵な感じでした。時間になってお店に着くと、無愛想な店員に出迎えられ、「あれっ!」という感じ。そして食事が始まります。値段が値段ですからその内容は良しとしましょう。しかしながら、席に出入りする店員のマナーの悪さは閉口ものです。こちらが会話中にも関わらず、それを遮るように注文を取りに来て、皿を片付けるときもガチャガチャと大きな音をたて、「すみません」の一言もなし。最初は何かこちらが悪いことでもして、店員を怒らせているのかと勘ぐるほどの態度でした。しかし、何かものを頼むと、態度は悪いにしてもちゃんとやります。しばらくして気づきました。「彼等は怒っているのでも、客をバカにしているのでもないんだ。単に接客の教育をされていないのだ。」気の毒なことです。アルバイトにせよ社員にせよ、あのような店の経営者のもとで働く事は不幸なことだと思います。そして「安いのだから、こんなもんでしょ!」という店側の姿勢にも憤りを感じます。日本は今、ものづくりが遅れをとり、金融でも、医療でも遅れをとっている中、「人」という財産を育成しなければならないときにこの体たらくでは、ますます世界から取り残されていくでしょう。実にこのような場面には最近何度も出くわしています。それが一流企業であろうと一流といわれる大学の学生と話しをするときでも多々感じることです。物事を「知っている」ということは大切です。しかし立場、年齢、経験によって知っている事の内容も量も、深さも異なります。これは当然です。ですから「知っている」ということの他にもっと大切なことがあります。それが「知ろうとすること」すなわち好奇心なのです。

◆未来創学論の基礎に「成長の3原理」という考え方があります。人間が成長してゆくとき、今現在をゼロベースと考え、そこから「知ろう」とし、学ぶ。そうすることにより視野が広がり、今までとは違った視点が生まれます。視野が広がった自分が一段高いところから自分を見つめ直す(省みる)。そしてゼロベースが高くなった自分がまた好奇心を持ち新たなる視野を得る。知る→省みる→成長する=成長のスパイラルが生まれます。これを「成長の3原理」と定めています。

◆今、人類に必要な事は、物質的な豊かさを求めるだけでなく、精神的な成長を伴った進化をすることです。これが地球の次元上昇にも必要なことです。2003年から訪れている宇宙的進化の時代の中で、世界中で大きな価値観の変動が起こっていますが、個人一人ひとりも新しい視野を持つために、「単に習慣だから」とか「常識だから」ということではなく、常に好奇心を持って成長し続ける姿勢が必要です。

◆「知らない」ことは恥ではありません。「知ろうとするか、しないか」が大きな分岐点となります。