命のシステムとは【ベルメウスの時代 Vol.18】

人は死んでも地球上にいます

 

 生体エネルギーは、「霊界」などのような特別な空間に存在しているものではありません。

 

 通常の人間と同じ場所……、つまり皆さんとまったく同じ場所と空間と時間を共有しています。

 簡単にいえば、皆さんの目の前にも後ろにも、そして上にも下にも、庭にも家にも……普通の場所に存在しています。

 とかく人間は、「霊」というと特殊に見がちで、その行き場所も、通常の人間とは全く違った次元であると思いがちです。

 

 それを霊界などと呼んでいますが、現実的には霊界という様な場所は存在しません。

 

 人間の生命のシステムは、地球という環境のなかで育まれ、また、その環境があってこそ存在が可能です。

 今までお話ししてきましたように地球上の人間は、肉体と生体エネルギーが「同時に存在してこそ人間」なのであって、どちらかが欠けてもそれは完全とはいえません。

 ですから地球上の存在できうる空間は、いま皆様が見て、感じて、そして過ごしていらっしゃる空間以外にはないのです。

 

 皆様はこう思うかもしれません。

 「“人間”が存在できるのは、地球上の空間だろう。でも“生体エネルギー”は人間ではなく特別な存在なのだから人間界が存在するように霊界も存在する」と。

 

 あらゆる生体エネルギー現象を観察するとき、これこそが落とし穴になります。

 

 「生体エネルギーが特殊である」という固定観念こそが正確なシステムの理解を妨げ、本来ならば気にしなくてもよい事柄を気にしてしまうとか、あり得ない「ばち当たり」に恐怖する結果になってしまうものなのです。

 

 あえてチャネリングによって生体エネルギーのシステムをお話ししているのは、まさにこの誤解を解き、人間を縛っている固定観念から開放し、自由な心をもって生命や宇宙を知る一助となればと考えたことが大きな理由の一つになっています。

 

 生体エネルギーに対する固定観念や、特に死後の世界を特別な空間として存在させているのは主に、「人間の道徳感」といえるでしょう。

 実際の生体エネルギーは、肉体を失った後も、通常の生活空間に引き続き存在しています。

 善悪の象徴としての「天国地獄」ではなく、現実的に「天国・地獄と呼ばれるような具体的な場所」が存在するかどうかは、一部特殊な宗教観をお持ちの方を別とすれば、その存在の是非はわかると思いますが、いざ生体エネルギーの話になると、とたんにいろいろな「界」(「霊界、天上界など)が出来上がってしまうのは多くが人間の道徳感からくる方便なのでしょう。

 

 さらに突き詰めれば、それらの場所に行くための審査をする人々(例えばエン魔大王のような)が存在するか否か、人生がそこへ行くための修行の場なのか等々、随分解釈が変わってくることに気づかれることでしょう。

 

死とは生体エネルギーが離れること!

 

 死後の世界から生還してきたといわれる方々が、死後の世界には「お花畑が一面に広がり……」というような話をすることがあります。

 

 さて、しかし……その方々は本当に死んだのでしょうか。

 

 それは事実が証明しています。

 死んではいないのです。

 

 生体エネルギーが離脱し、肉体の生体エネルギーが完全に消滅した場合は、どのようなことがあっても生き返ることはありません。

 医師が「死」を認定したのに生き返った事例があることを例にだす方がいるかもしれません。

 確かに医師は「死」を認定したかも知れません。

 しかし、それはあくまでも肉体上(医学上)の「死」であり、生体エネルギーの離脱を含めた、本来の「死」ではなかったためです(現在では「脳死」というものもあり、肉体はまだ機能していても「死」と認定することもあります。したがって医学上の「死」が本来の意味での「死」とは違った意味で使われることもあります)。

 

 それは当然です。現在の社会では生体エネルギーの研究はほとんど行われていませんし、まだまだ科学的には「未知」とされている分野ですから。

 

 ですからチャネリング情報には興味深い視点があるのです。