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基本は何か!? を考える

 つい最近、ある新聞の記事が目に留まりました。

 その記事には次のように書いてあります(編註:引用文中「~」は「中略」を表します)。

 

 「昭和40年代の有名な交通安全標語に『とびだすな 車は急に止まれない』がある。~ インパクトのある表現は、子どもたちに分かりやすく注意を促す効果があったことだろう。だが改めて口にしてみると、違和感が拭えない。道路は車のもの。だから歩行者はじゃまにならないよう気をつけよう。そんな車優先の道路作りを象徴しているように思えるからだ。子どもは飛び出すもの。ならば語尾を1字かえ、ドライバーに向けて『飛び出すぞ 車は急に止まれない』とすべきだったのかもしれない。~ 人と車がお互いを目と目で確かめるよう心がけたい。『譲り合う なぜなら道は皆のもの』」

 

 「この記事に何か問題でもあるの?」と思われるかも知れません。

 「人」が主体の世の中になっているのだから「当然じゃない!?」と。

 

 この記事には、質の違う二つのテーマが同時に語られてしまっています。

 一つは「道路行政」「都市計画の問題」。

 もう一つは「物理的問題」です。

 

 まずはわかりやすい「物理的問題」ですが、自動車は物理的に「急に止まる」ことは不可能です。運転者がどんなに道路交通法を守っていても、どれほど注意を払っていても、車は急に止まれません。警察庁の資料では40Km/hで走っている車の停止に必要な距離は約20m。30Km/hでも約13m必要とされています。

 この記事では標語の主体を「歩行者」から「ドライバー」に変えたらよいのではないか、と提案しているようですが、それでは「物理的に止まれない」車を運転しているドライバーはどうしたら良いのでしょうか。

 ドライバーは基本的に事故など起こしたくないのですから、運転中はあらゆる注意をしている筈です。車は物理的に止まれませんが、「飛び出し」は意識によって抑えることができます。

 もう一つの「道路行政」「都市計画の問題」はこれからの課題であり、物理的法則とは違い解決ができる問題です。

 この記事では「道路は車のもの~、そんな車優先の道路作りを象徴しているように思えるからだ」としていますが、昔から「車道」「歩道」などと区別があるのは物理的問題を考えているからです。

 世界最大の自動車会社トヨタが新しく創ろうとしている都市計画においても「自動運転車専用道路」、「その他の車両の道路」、「歩行者専用の道路」と明確な区分が提案されています。

 

 最近は、女性蔑視的問題を起こす人が目立ったり、ジェンダーの話題が議論されます。

 大変有意義な議論だと思います。ただ、これらの「新しい価値観」を論じるためには、問題点を探り出し、整理する必要があります。

 伝統文化と社会システム、物理的違いと平等を同時に論じるなど、本来は分けて考える必要がある問題を同じ土俵で論じても新しい価値観は生まれてこないでしょう。

 論じる人たちがまったく違う論点で意見を言ったらまとまることは難しくなります。

 

 少なくとも価値観、視点は違っても「論点」は共通認識にする必要があります。

 

 これには進化した宇宙の人々の知恵が役立ちます。

 彼らは常に「物事の基本(根本)は何か」という、共通認識を考えてから解決策を探します。

 この手法はこれから我々人類が進歩してゆくためにも大切な手法です。

 真理として「無理なことは無理」だから「出来ることは何か」……そんな考え方が必要になって来るのでしょう。

 

 でも時代の進歩は早く、早々に「エアカー」の時代がやってくることでしょう。

 そんな時代の標語は、「うえを見ろ 車は急に落ちてくる」などになるのかも知れませんね。