あの大震災からすでに一ヶ月半が経とうとしています。遅々として進まない復興や復旧の現状に多くの人々が疑問を抱いています。世界からその国民性を称えられた日本ですが、徐々にその弱さも露呈しつつあります。また反面、多くの人々がこの大災害をきっかけに色々な分野において、さまざまなことを考え直していることも事実です。それは政治に対してであり、エネルギーに関してであり、経済に関してであり、自分の人生に関してでもあるでしょう。何よりも現状の日本の弱さ、そして日本人の弱さの「元凶」を今回は考えてみたいと思います。
「もの作り大国」「最先端技術立国」などといわれながら、コストにかまけて安全性を置き去りにした結果、原発の終わりの見えない大事故。そして「最先端」のはずが技術を制御できずに外国に頼る「最先端技術国」。これらの原因が「技術力」というよりは、「人間力」であることに皆様も気付く必要があります。技術をコントロールするのは人間です。そして安全性を徹底的に保とうとするか、少々危険が予測できてもコストを優先するかという「判断」をするのは人間。結局、自然現象は別としても、社会現象の多くは人間の「考え方」によって引き起こされるということです。その結果が非常に大きな危機を伴った場合、今の人間は「想定外」という便利な言葉を使うのです。これは「想定外」なのではなく、「創造力」が欠如した人間が引き起こす人災です。
日本人の弱さの元凶は、まさにこの「創造力」と「思い」の欠如からくるものです。何故そうなってしまったか。前回200号記念のコラムにも一部書きましたように、日本は歴史上類を見ない高度成長を達成し、実質的には世界一豊かな、そして経済が発達した国となりました。しかしながら日本人は、「衣食足りて礼節を知る」のではなく「衣食足りて欲望が増す」という国民となり、戦後長年培ってきたさまざまな企業風土を一変させ、弱肉強食の経済へとひた走ってしまいました。そこで価値観が変わり、経済強者は「平和ボケ」「豊かさボケ」、そして経済弱者として一旦落ち込むと、「無気力」になるという傾向が多く見られるようになってしましました。そして中東の不安定により、原油価格が高騰し、日本にも再度不況の影が忍び寄って来ているまさにこの時、未曾有の大震災が襲ってきてしまいました。
日本は復興するのか。もちろんそう信じています。しかし、今、日本人がこの自分たちの弱点に気付いて修正をしない限り、もしかすると日本の再起は非常に弱いものになってしまう可能性があります。
創造力の欠如とは何か。それは自分の仕事や生活を「誰の為に、何のためにやるのか」という基本的な「思い」が薄れてゆくことで起こります。人間が集団的な動物である以上、人間の行動は「誰かのためになる」ということが最大の喜びになります。誰かの為に尽くすことを考えていれば創造力は湧いてきます。思いも強くなります。今、それが欠けて来ていることが残念でなりません。これから日本が進む道は、「いくら儲かろうともダメなものはダメ。地球に負担をかけることの少ない経済発展や技術開発を進める」という先進国になる意気込みと決意が必要です。
世界でも有数の経済大国になった日本。これから世界のお手本となる為には強い「思い」を持って「創造力」を働かせることが必要です。この二つを再度身に付け、世界を精神的にもリードするには「行動に明確な目標設定」をすることが重要です。経営でも然り、政治でも然り。「未来をどのようにしてゆくか」ということを意識して考えましょう。これは老若男女を問いません。生きている以上は必ず明日がやってきます。「明日はこんな日にしよう!」それでも良いのです。人生も同じです。たまにはだらだらするのもよいでしょうが、人生が一生だらだらしかねないのが今の日本人であると反省しましょう。
目標を掲げると、それを成し遂げる為に自然と「創造力」が高まります。目標を掲げると熱意が生まれます。一人ひとりの「思い」のエネルギーが高まってくると人生も社会も劇的に変わってくるものなのです。誰かのために熱い思いを注げば、社会にも人生にも、素晴らしい再興が得られることでしょう。