「お金」の不思議!

 「お金」というのは不思議なことに、なかなか自分のところにはまわってこないものです。

 ヒーリングなどで未来創学アカデミーの事務局にいらっしゃったことがある方はご存知だと思いますが、カウンセリング・ルームにはいつもビデオが流れています。大体は世界の風景と飛行機のビデオです。それを眺めていてふと考えました。世界中の多くの国が航空会社を持っていて、今では私達も普通に航空機を利用しています。あの飛行機一機は幾らくらいするのでしょうか。最近何かと話題の多い、最新鋭のB787で約200億円位、政府専用機(ニュースでいつも首相がタラップで手を振るやつ=B747)で約190億円。冗談で調布飛行場に見に行ったプロペラ機が12人乗りの中古で1億6000万円とのことでした。いずれにしても気の遠くなるような値段です。日本の航空会社である日本航空が所有する機体は約280機ですので、合計するとおいくらになるのやら…。個人ではなかなか買えない飛行機ですが、国営(JALはすでに国営ではありませんが)企業の場合、国の威信をかけて国民から集めた税金を使って保有することが出来ます。例えば北欧のフィンランド。国家予算が約14兆円で、この国のフィンエアーは約50機の飛行機を保有しています。日本と比べてもその割合は決して少なくはありません。現在は国家建て直し中のイラクでさえ、現在約20機を越す機体を持っています。「お金」はすごい力を持っています。個人では到底買うことの出来ないものでもたくさん集めれば、あんな大きな飛行機さえも買えてしまうんだ…と、ある意味驚きます。国家がお金を集め、莫大な予算を作るのは理解できるにしても、あの大きな飛行機を買えてしまう民間会社もあります。例えば全日空(ANA=エイ・エヌ・エイと読みます。彼らはアナとは云いません)。現在約230機を保有しています。「航空会社だからあたりまえ」と思う前にちょっと考えて下さい。昭和27年、最初は数人で始め、ヘリコプター1機から創業した企業がここまで大きくなるのです。

 何を長々飛行機のことを書いているかというと、「お金の不思議」を考えてみたいからです。今、皆さんは飛行機を買おうとも思わないでしょうし、現実的に200億円の買い物をすることはまずないと思います。でも社会にはそれをやってのける人間がいることも事実です。「お金」にまつわる人生の悲劇はたくさんあります。「お金」が原因となる事件も多発します。反面、飛行機を何百機も買える企業も作れます。「お金は」生活の一手段であるにも関わらず、一歩間違うと人生を大きく変えてしまう不思議な力をも持っています。持つ者と、もたざる者。一体その差は何なのか、またお金にはどのような習性があるのでしょうか。

 生活する上で、お金が絶対的に必要なことは誰しも認めるところでしょう。基本的に、お金は「それを欲する人」のところに集まります。では何故「自分のところには集まらないの?」という人がほとんどでしょう。お金が必要ないという人は稀ですね。お金が集まるか、集まらないか。その差は「欲しがり方」にあります。単に「欲しい」ではなかなか集まりにくいのがお金の習性です。ではどのような人が「お金」を集められる人なのでしょうか。「集めたお金をどのように還元するか」を考えて仕事をする人です。そして次が大切です。お金を集める人には「お金を集める才能」があるのです。芸術やスポーツに例えると理解しやすいでしょう。基本的には誰でも「絵」は描けます。でも芸術的領域に達する人はごく一握り。才能のある人だけです。スポーツはどうでしょうか。ほとんどの人が野球を楽しむことは出来ます。しかし田中マー君のように161億円をもらえる選手はこれまたごく一握りです。「お金儲け」もまったく同じ。誰でも稼ぐことはできますが、大量に稼ぐには「お金を儲ける才能」が必要だということです。ですから「お金が欲しい」場合、自分にその才能があるかどうかを見極めなくてはいけません。どうやって見極めるかというと、それは「創造力があるかどうか」ということ。よく、旨くいった経営者の成功談が語られます。それを聞くと、「そうなんだよね!私もそう思う!」と普通の人は考えます。しかし、それを実践できる人は、自分でそれらを創造します。ここが大きな違いなのです。皆様は如何でしょうか。

 それでは創造力と才能がない!とわかった人はどうしたらよいでしょうか。ご安心下さい。大丈夫です。偉大なスポーツ選手でなくとも野球は楽しめます。オリンピック級の俊足を持っていなくてもランニングは楽しめます。国宝級の絵が描けなくてもスケッチは充分楽しめます。これと同じで、「お金を儲ける才能」が乏しいとわかった方は、変にお金を欲しがらず、自分の出来ることを淡々とこなしていると、適度な「お金」は自然とついてきます。それが「お金の習性」です。そしてその仕事を楽しめれば、それは最高の人生といえるでしょう。お金に固執は禁物です。

 現代社会、特に今の日本には、お金にまつわる大きな問題が出始めています。それは貧富の差、二極分化です。これは世界的な状況でもあり、大まかに言って「世界の富の80%は、世界人口の20%が握っている」というのが事実です。そしてこれを助長しているのが、「お金でお金を得る」というシステムが大手を振ってまかり通っているということ。昔からスポンサーとなり、お金を援助することで多くの人や企業が育ってきたことは事実ですが、貸す側の「志」により、同じ「お金を貸す」という行為が有効にも悲劇にもなります。現代「お金は経済の血液」と言い、崇高なことのようにいっている方々もいますが、日本では昔から、その多くは「金貸し」といわれていますし、グローバル社会の中での「マネーゲーム」は、日本では「博打」という言葉が適当でしょう。原則的に貨幣は「物々交換」の代替物として発生したものであり、それ自体に価値があるものではありません。品物にしろ、サービスにしろ、貨幣によって交換された物事に価値があります。このごく当たり前のことを、わざとややこしく複雑にし、如何にも高度な学問であるかのごとく変質させたことに現代社会の悲劇があるのです。宇宙的に見て「お金」の存在は、肉体を持つ段階の人類に限られた文化です。肉体を持たないエネルギー体の人間には当然「貨幣」は必要ありません。チャネリング情報においても第六段階の人類は、実は我々地球人類と同じような問題を抱えていた星も多かったようで、その結末は大方二種類でした。金銭的な二極分化の末、争いを繰り返し、ほぼ人類が全滅した種族。また二極分化を克服し、還元方法を考案して滅亡の危機を免れた人類達。後者の多くは、思考的達観、すなわちお金を集める才能がある者は「生きて行くのに必要以上に稼いだお金は出来るだけ還元し還流させる」という思考と、「原子力は核廃棄物を無害処理できるようになるまで、研究はするが利用はしない」という原則と同様に、基本的に「貨幣自体には価値を持たせない」というマネーゲームを排除する思考。これらを徹底したようです。

 「お金」には不思議な力があります。しかしそれも考えようによっては幻想です。「お金」に変な価値を見出さず、原則を踏まえて運用すれば、多くの部分の悲劇は解決されるでしょう。「お金は命の次に大事なもの!」そうかも知れませんが、そう考えること自体が幻想かもしれません。今回はおよそ未来創学的テーマではないように感じる方々もいらっしゃるかもしれませんが、たまには良いのではないでしょうか。現実を考え、視点を変えてみることで「新しい価値観」は生まれてくるのですから。