☆「バランス」こそが世界を変える


◆2012年が明けました。皆様に心から新年のお慶びを申し上げます。
◆まだまだ日本国内をはじめ、世界中で災害や紛争・混乱から避難され、想像を絶する困難の中に生活をなさっている皆様も大勢いらっしゃる状況ではございますが、であるなら尚更のこと、この新しく始まった年が少しでも良い方向に向えますよう、言葉を尽くしたいと思います。
◆昨年はエジプトを筆頭に、北アフリカ諸国の政治的混乱で幕を開け、我が国におきましても東日本大震災という、阪神淡路大震災に続く大災害に見舞われ、ユーロ圏の政治・経済混乱が勃発、近隣のタイにおいても大洪水により大きな被害が発生するという世界的大混乱の年でありました。そんな混乱の年にあって、国をリードすべき政治も同じように混乱を極めています。大災害がまだまだ収束のきっかけも見えない中での首相の交代や、相次ぐ大臣、官僚の失態による辞任、世界で何が起きても対処や戦略が見えない外交、そして収集のつかない国内の予算等々…。経済に目を向けても、日本のもっとも誇れる「物づくり」の現場は事実上崩壊し、金融戦略は未だ混乱を極め、生活の基本である「働く場」の確保すら覚束ない現状です。日本だけを見回しても今後の生活が思いやられ、不安になる方々も多くいらっしゃることでしょう。何故、こんなことになってしまったのでしょうか。もちろん原因は多くの事由が複雑に絡み合っているのですが、そんな中でも間違いなく指摘できる原因があります。
◆「バランス」を欠いた日本人◆
◆その大きな原因の一つが「バランス」です。現在でも日本は世界的に見て優れた先進国であることに変わりはありません。ほとんどの国民が毎日の食事に困ることはまずありませんし、所得も落ちてきたとはいえ世界最高水準にあります。危ういとはいえ、年金制度はまだ機能し、病気に罹れば健康保険が適用され、医療を受ける制度もあります。精神的な強さと安定は、物質生活以上に世界的に定評があることは昨年の東日本大震災でも証明され、世界中から賞賛を浴びたことは記憶に新しく、同じ日本人として誇りに思われた方も多いことでしょう。
◆そんな日本、日本人ではありますが、やはり近年、特に「グローバル化」という名のもとに繰り広げられた、詐欺のような金融市場に侵され、冷静さを失ってしまったことも認めざるを得ない事実でしょう。「他人の為に役立つことを中心にする仕事の仕方」「人が喜ぶことに自らの喜びを見出せす仕事の仕方」「人生の豊かさの為に働く喜び」…。これら仕事の本質を見失い、他人を蹴落とし、人に迷惑をかけても何も感じなくなってしまった仕事の仕方が目立つのが現状です。それらは人と人とが通じ合うことなく、コンピューターという「機械」を通して仕事をするというスタイルが定着したことにも原因があるかもしれません。例えば、レストランにおいて不味いものを提供してしまった場合は、それを食したお客様がすぐに反応するので自分のやった仕事の評価が理解しやすいでしょう。しかし、コンピューターのキーを叩いて投資などをしている場合、自分が儲かった時、必ずその向こう側には破滅を覚悟するほどの損失を出した人間がいることを「感じ」られるでしょうか。頭では理解していても実感を伴うことはまずないでしょう。そのようなことは承知で同じ土俵で勝負をしている、といってしまえばそれまでですが、「相手を感じることの出来ない仕事」は人生を有意義にしないことは確かです。そんな「人間を感じない仕事や生活」が今の人間のバランスを崩しているのです。
◆わがままな人々―調整の欠如◆
◆当然のことながら、すべてコンピューターが悪い訳ではありません。コンピューターはただの機械であり、使い方によっては大変便利で有意義なものです。問題はそれを使いこなす人間の方にあります。あまりの便利さに人間本来の「味」がなくなりつつあります。連絡はメールが便利ですので手紙を書かなくなります。書類はほとんどすべてワープロであり、手書きはなくなりました。だんだん電話で相手の声すら聞くことが減ってきています。楽な反面、コミュニケーション能力の欠如が問題になってきています。携帯メール文章に慣れたため長文がかけなくなり、論理展開や表現力が衰えてきているところも気になるところです。そんなコミュニケーション不足の中で、自己主張だけは強くなっていることに皆様もお気付きになるでしょう。自分の意見をはっきり言うことは決して悪いことではありませんが、社会の中では必ずしも自分の意見が通るとは限りません。大きな目標を達成したり、システムを変えたりしなくてはならないとき、もっとも重要な資質の一つが「相手の話を聞き、調整できる能力」すなわちバランス感覚です。最近の人間はこの「バランス」の欠如により、目標に向って一丸となることが出来ない、何事にも結論の出せない、何とも中途半端な社会となってしまっているのです。
◆混乱は進化の表れ◆
◆端的な例が、政治です。現在は日本も世界も大変な混乱の真っ只中にあるのに、世界中で政権が崩壊しています。また日本もユーロ圏にもまして財政危機がせまっている国の一つであるにも関わらず、予算は膨れ上がり、経費削減はならず、社会が変わっているのにシステムは高度成長期のままで変えることもできていません。今こそ最大限、国民のために議論をし、調整をしなければならない時であるのに、意見は言いっぱなし。それが通らなければ「私は知らない!」とばかりに活路を見出す努力もせずに、単に反対にまわるという愚行が目立ちます。今年2012年も決して安泰な年ではありません。否、それどころか昨年にも劣らない波の激しい年であると予測しています。そんな年、そんな時代を生き抜くためには、自分が行うことの大前提が何であるかを見極め、一つの方向性を見出したらその達成の為に議論し、調整することが重要です。そして議論では反対意見を述べるだけではなく「必ず対応策を考え発表する」こと。それなしに前に進むことは不可能です。江戸時代末期に開国をしたこととTPP参加は意味が異なるかもしれませんが、自国の都合に関係なく世界参加を強いられることは多々あります。新しい波が起これば当然問題点や不利があるでしょう。これを逆転させ、少しでも相互の利益に繋がるようにシステムを考えるのが人の知恵でしょう。楽な方向に固執する時代ではありません。社会が変わり、新しいシステムを発明しなければならないときには必ず古いシステム信奉者が出るものです。利権を守ろうとする者が出るものです。これらを調和させることは「妥協」することではなく、「誰の為に行うのか」という大前提を明確にすることなのです。すべての人々が、この「バランス」を意識して発言し、行動することが今の社会には必要なのです。
◆現在起こっている「混乱」は、人間が生体エネルギーの進化を得、精神的にも、人間として一段次元が上がることによって生じている価値観の変化なのだという側面もあります。人間が今までよりも高い意識と視点から社会を見るようになってきて、今までの価値観には無理があることに気付き、社会システムを変えなくてはならないことに気付き始めています。
◆これは困難な作業を伴います。何故なら、今まで慣れ親しんできた社会システムを小手先で修正するのではなく、まったく新しく考え出さなくてはならないからです。それはどのような立場の人であっても同じで、自分の行動や考えが、誰の為に役に立つのかを考え、自分や自らが所属する集団のためだけでなく、多くの人に役に立つ方向に変えてゆかなくてはならないからです。本来、これらに真っ先に気付かなくてはならないのが社会的リーダー達でありますが、現実は常に逆で、地位や権力を持つほどその利権を手放したくないがために小手先の改革に走ろうとする傾向があります。ですから「一般の国民が考えつくこと」をリーダー達が気付かないという悲劇が多発してしまうのです。昨年、北アフリカに位置する諸国で起きた政変、日本人が感じている閉塞感などはこれらの典型的な例といえるでしょう。
◆2012年は「起点」の年◆
◆日本ではまだまだ「明日の食事に困る」ということは少ないでしょう。でも私は感じるのです。このままでは近い将来、間違いなく「日本は崩壊」してしまうと。
◆昨年末にお話いたしましたように、今年は「起点」というキーワードが出てきました。起点=スタートという意味です。ちなみに昨年のキーワードは「取捨選択」でした。多分、多くの方が「必要なものとそうでないもの」の区分けが出来たのではないかと思います。これは物のことだけではなく、「思考」についても同じことがいえます。これからの時代に何が必要なのか。何が余分なものなのか。本質は何か。すべての行動は何のために行えば良いのか等々。そして本質を見極めた人類が新しいスタートを切るのが「起点の年」である今年です。昨年から続く重要なキーワードの連続性に私自身も身の引き締まる思いがしていますし、わくわくしてもいます。「起点」とは何か。それは「初心に帰る」ということではありません。まったく新しい視点でものを見て、行動するということです。例えば、会社経営ならば、今までのことは一旦おいて、今、自分自身が新たに起業するとしたならばどうするか、ということを考えることです。今までの経験にとらわれず、新たにスタートするにはどうしたらよいか、と考えることです。
◆今、年頭において「バランス」こそが世界を救う!という考えを強くしています。今までと違った考え方をするためには物質的な今までの価値観に加え、宇宙的な視野も必要となります。ますます未来創学的思考を持っていただく時代に入ったと言えるでしょう。新しい年を積極的に素晴らしいスタートの年にしてゆきましょう。