菊地トオル・ロング・インタヴュー


第三回◆「思い」から「実感」へ

 

Q:未来創学アカデミーで重要な位置を占めているものの中に「呼吸法」がありますが、これはどういう形で編み出していったのですか。

 

菊地:それは体験の中で気付きました。

身体を治す過程の仲で、最初は「動け!動け!何で動かないんだ?」って「願う」。

「どうして治らないのだろう、この足。動いてみろよ!」初めはこんな調子だったんです。でも、なかなか簡単には動くわけないんですよね。これが普通の方の状態だろうと思います。今度は「さてどうしたもんかなあ…」と。そこで語りかけを行ったんですよ。身体に向かってね。「おい、細胞一つひとつよ、もう動いてくれ。頼むよ!」と「お願い」する!こんな心境が第二段階でした。そして今度は第三段階に入っていくと「動け!動け!」と「念じ」始めるわけ。外から見たら結構「怖い!」(笑)そうすると、その時に息を殺したり、それから「治れ~」と長く言い続けたりする。それを一つずつ思い出してみると「ああ、面白い呼吸法をしてたなあ」とか気付くんです。その時はまだ呼吸法にもなっていなかったんですね。「息を詰めたなあ」とか「変な呼吸の仕方をしてたなあ」とかね。

 

Q:「自分のやってることは正しいな」って一番最初に気がついたのは、どういう兆候があったからなんですか。

 

菊地:それはもちろん、足が動いてからですね。

 

Q:そうなるまで、どのくらいかかったんですか?

 

菊地:半年くらい。約半年で「動け!」って言ったら、今まで反応しなかった部分がピクッ!と動き始めたんです。

 

Q:ある日突然ですか?

 

菊地:そうです。ある日突然。「ああ、やった!」と思いましたね。それからは「動けって」いうと、ヒュッ!と動くって感じになったんです。この感じ、普通の健常者の方には分かりにくいと思いますが、今まで、何をしても動かなかった足の部分が少しでも自分の意思で動かせた時の気持ちといったら、驚きというよりも唖然でしたね。

 

Q:今では身体障害であることは、ほとんどわからないですからね。会員の方でもほとんどの人が気づかないのではないでしょうか。

それで、その時自分が得たものから、未来創学論へと発展していくキッカケというのは、何だったんですか。

 

菊地:ここからがちょっと難しかった。何ていったらいいのかな。身体の中のエネルギーの流れが変化した。まあ要するに身体が何か変だなあと思ったわけです。でも何が変なのか自分でもよくわからなかったんです、最初は。だけど何かこう身体の中にマグマがボコンボコン吹き出てくるような、とにかくエネルギッシュな感じを受けて、それでこれは変だなあと思いだしたわけです。それで自分で悪い足に向かって「動け、動け!」ってやって自然にその部分に手を当てたりすると、手を当てた部分が非常に面白い感覚がある。熱かったり、エネルギーをビリビリ感じたりする。そしてそれと共に「動け!」と言うと結構激しく動く。何かが中から吹き出てくるような感じを受けました。それで今度はうちの母が調子悪かったので「みてやるよ」と。すると、調子の悪い場所がわかるんです。それで「ここがおかしいの?」って聞いたら「おかしい」と言うんです。「じゃエネルギーを入れて私が治してみようか」って始めたら1週間で治ってしまった。

 

Q:それはどういうご病気だったんですか?

 

菊地:重度の更年期障害だったらしい。そして神経痛。もう10年ぐらいは臥せっていましたからね。血行不良もあるし、ホルモンバランスも崩れていたんですね。でもその時は私もわからないし、だけれどただ何となくおかしいなという場所があった。そこには手にビリビリという感じがある。で、「こことここがおかしいのか?」と聞くと「おかしい」というわけですよね。じゃあ「治してやるよ、あったかいか」何て言いながら(笑)。そうしたら、「だんだんだんだん痛みが疎開してゆく」って言うんです。ま、古い人だから(笑)。そして、痛みが逃げて行って最後に身体からポーンっと出て行ったっていうんです。それで楽になったっていうから、まあ、ウソでもホントでもいいやと思って(笑)。でも、1週間たったら本当に元気になっちゃったんです。

 

Q:その頃、いわゆるヒーリングのノウハウっていうのは何かの本で読んでいたわけではないんですよね。

 

菊地:全然。

 

Q:では、まったく手探りでやっていて、その「ここが悪いんじゃないか」っていうのはどうしてわかったんですか?

 

菊地:例えば、人の身体に沿って手を滑らすようにかざしてゆくと、悪い場所から違う波長を感じるんですよ。これはもう初めからそうでしたね。ビリビリっとくる感じを受けて、それで「あ、ここ変だな」と思う。だからある種、直感的なものというか、でも確実に波動が乱れている反応を感じるわけです。だからただの直感ではなくて、こうサーチしていくことによって悪い場所にくるとこっちの身体に反応が返ってくるということなんですね。それ以後はとにかく何だか訳がわからないけれど、どんどん口コミでいろんな人が来るようになって(笑)。じゃあ、これはどうだ、あれはどうだ、となって。「それもできるんだ、これもできるんだ」なんて色々思うようになった、ということです。これが始まりです。

 

Q:それで、いわゆる「超能力」があるんじゃないか、っていうふうにハッキリ確信したわけなんですね。

 

菊地:うーん。そうですね、超能力っていう言葉がいいのかなあ。とにかく、普通と違う人間のエネルギーっていうのがあるんだな、とは確信しましたね。相手が確実に回復してゆきますからね。後になってのことですが、あるところから頼まれて透視をしたら、その場から遺体や何かが出てくる、ということもあったわけです。だからこれはやはり人間っていうのは特殊な尿力があるなあと思ったわけですね。その後はどんどん宇宙からのチャネリング(情報)みたいなものが入ってくるようにもなったし。だから、一体これは何なんだろうという悩みは相当長い間ありました。自分が狂ったかとも思いました(笑)。

 

Q:具体的に、「足が治ってきた」と認識した時と、未来創学アカデミーのような会を作ろうと思うまで、どのくらいの期間があったんですか。

 

菊地:7、8年かな。

 

Q:そんなにかかったのですか。

 

菊地:ええ。でも、基本的には比較的早い時点で、「これは誰にでもある能力で、手順さえ踏めば誰でもある程度は開発できるだろう」ということには気づいていたんです。しかしながら、その奥にはもっと宇宙的な問題が影響しないとダメだと感じていました。それを解明してゆくのに時間がかかったんです。今の人間が「理論として」能力を非常に抑えている部分があって(宗教や常識によりそのような能力は特殊な神のものであるとか、そんな能力は有り得ない等の概念があること。編集部註)それを開放すれば超能力的といわれる能力が出ることはほぼ間違いないと考えていた。それはもうかなり早い時期からわかっていたんです。だけど、なぜ発表しなかったかっていうと、その当時というのは新興宗教も結構多かったし、社会全体が何か宗教的に捕らえていることが多かったんで、私はそういうのがイヤだったんですね。だから「街の超能力のお兄さん」いいやと(笑)。一人ひとりの悩みを解決していくのが、積もり積もっていけば社会全体の悩みを解決することにつながるだろう、そういう思いがあったものだから。自分のパワーをみんなに広めて、「私のことを信用してついてこい」みんなに!教えてやる!みたいな、マスでやるんじゃなくて、それで一人ひとりのご相談を受けて、一件一件を解決していって、草の根的に感覚を変えていくことのほうが重要だと思っていたわけです。だから絶対それを貫こうと思った訳です。そうすれば、ああ不思議な力ってあるのだなってことが自然にみんながわかってくれるでしょう。何も私の所に来なくても、「こういう人がいて、こういうふうになったんだ」と人から聞くだけでも構わない。「宗教でも何でもなくて普通の人間が、ちょっとした能力を開発してそうなったんだよ」という風にね。そうなれば、歴史的な新興宗教の間違いだとか、超能力者、霊能者の勘違いとか、そういうものも、次の世代に無くなっていくだろう、と思っていたわけです。

(第四回へ続く)